宮田太郎氏によるガイドウォーク『小野路の”鎌倉古道遺構と中世の砦跡”』を実施しました

テーマ: 後世に遺し伝えよう!奇跡の遺産

~これぞ町田の“歴史大遺跡群”~

■探索会:

 東京都町田市の小野路の深い山林内には、国内でも極めて珍しい「鎌倉時代~室町時代」の大変に古い中世遺跡群が、広範囲に“奇跡的に”遺されていることが次々に判明しています。近年、急速に失われ続けている多摩丘陵「町田市」の貴重な「中世歴史遺産群」は、市の範囲に留まらず、東京全体、あるいは関東における600~800年前の様相を教えてくれる大変に貴重な歴史遺産群です。
 しかしながら現状のままでは、他の町田市内の地点と同様に少しずつ失われていく危機にあり、いまこそ何らかの緊急な保護・活用対策が行われなければ、二度と取り戻すことが出来なくなることが懸念されます。現状がどうなっているのかを探って行きました。

 

 皆さんも歴史ロマンあふれる古街道遺跡を探しに現地に出かけてみませんか。

  

■コ - ス(行程 :約5.5キロ): 多摩センター駅~恵泉女学園前(路線バス移動)~推定・鎌倉古道遺構~旧鎌倉街道遺構~徳川家康日光改葬千人行列の御成道~一本杉公園で昼食(各自弁当持参)~関屋砦跡~小野路宿里山交流館(解散15時45分頃)  * 鶴川駅行、多摩センター駅行バスあり。

 

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古街道研究家宮田太郎氏ガイドウォークの案内チラシ
『小野路の“鎌倉古道遺構と中世の砦跡”』
2018.04.30.kodo_walk10.pdf
PDFファイル 224.0 KB

宮田太郎氏によるガイドウォーク『小野路の”鎌倉古道遺構と中世の砦跡”』を実施しました

テーマ: いまこそ!後世に遺し伝えるべき歴史遺産

~知られざる東京・町田市“最後の中世大遺跡群”~

今回のウォークは『小野路の”鎌倉古道遺構と中世の砦跡”』を歩いて知らざる東京・町田市の”最後の中世大遺跡群”を探索しました。 当日は天気も良く最高のガイドウォークになりました。

いざ出発です

宮田太郎氏、鎌倉古道遺構説明

参加された皆様@一本杉公園

(皆様のご了解で掲載しています)


■探索会:

 東京都町田市の小野路の深い山林内には、極めて珍しい「鎌倉時代~室町時代」の大変に古い中世遺跡群が、広範囲に“奇跡的に”遺されていることが次々に判明しています。近年、急速に失われ続けている多摩丘陵「町田市」の貴重な「中世歴史遺産群」は、市の範囲に留まらず、東京全体、あるいは関東における600~800年前の様相を教えてくれる大変に貴重な歴史遺産群です。
 しかしながら現状のままでは、他の町田市内の地点と同様に少しずつ失われていく危機にあり、いまこそ何らかの緊急な保護・活用対策が行われなければ、二度と取り戻すことが出来なくなることが懸念されます。現状がどうなっているのかを探って行きたいと思います。

 
■コ - ス(行程 :約5.5キロ): 多摩センター駅~恵泉女学園前(路線バス移動)~推定・鎌倉古道遺構~旧鎌倉街道遺構~徳川家康日光改葬千人行列の御成道~一本杉公園で昼食(各自弁当持参)~関屋砦跡~小野路宿里山交流館(解散15時45分頃)  * 鶴川駅行、多摩センター駅行バスあり。

 

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古街道研究家宮田太郎氏ガイドウォークの案内チラシ
『小野路の“鎌倉古道遺構と中世の砦跡”』
2017.11.29.kodo_walk9.pdf
PDFファイル 223.9 KB

【ガイドウォーク】関東の大幹線道路“御殿峠古道”を探る

生憎にくの雨模様でしたが、多くの方の参加をいただき御殿峠古道を歩いてきました。

■探索会:

 町田市は他市に類を見ない古街道のメッカ。中でも八王子市と町田市の間の峠を越えた「御殿峠古道」は、上野国(群馬県)と相模国(神奈川県)の横浜を結ぶ国道16号線の原型です。

 古代の須恵器窯の工人たちが歩き、鎌倉時代は関東武士団たちが鎌倉目指して駆け抜け、戦国時代には武田信玄の2万余の大軍勢が通過、江戸後期~明治時代は横浜への生糸街道ともなり、横浜線が出来るまで神奈川道・八王子道として賑わいました。

 
■コ - ス(行程 :約6キロ):JR横浜線片倉駅~絹の道と御殿峠の分かれ道~八王子道旧道跡~最古の鎌倉道~八王子みなみ野駅(近くの複数のファミレスで昼食)~御殿峠古道~旧小田原道~日本閣脇~御殿峠城砦跡?~相原氏の館跡伝説地~JR 横浜線相原駅

 

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古街道研究家宮田太郎氏ガイドウォークの案内チラシ
『関東の大幹線道路“御殿峠古道”を探る』
2017.07.01 kodo_walk8.pdf
PDFファイル 294.4 KB

-探索会の様子:2017.07.01ー

いざ御殿峠に向けて出発!

集合の片倉駅で宮田太郎氏よりコースの説明。

 


兵衛川沿い

兵衛川沿いのあじさい


片倉城跡を見る

最古の鎌倉道 ①


最古の鎌倉道 ②

御殿峠南@日本閣前



【ガイドウォーク】関東武士団”小山田氏”の馬牧と奥州古道を歩く

東京都町田市の小山田氏の道と馬牧跡、奥州古道の痕跡や城砦跡を探ってきました。絶好の日和で大変グッドな一日になりました。

■探索会

 鎌倉時代に幕府の流鏑馬の師匠として、また源頼朝の側近として活躍した小山田氏。その実態はまだ多くは 知られていませんが、この探索会では、東京都町田市の小山田氏の道と馬牧跡、奥州古道の痕跡や城砦跡を探って行きたいと思います。町田市がいかに歴史ある古街道や遺跡が多く存在するか、また中世の歴史環境が当時のそのままに遺されているかを春の多摩丘陵にて実感しながら歩いてみましょう。

 

コース(行程:約5キロ):

小野神社~馬場(萩生田牧場)~小野路城址~ならばい谷戸~小山田緑地公園昼食~津保沢~小山田氏馬場跡~謎の土塁址~日大三中三高バス停解散(路線バス)

 

いざ出発

小野神社


小野路城址

ならばい谷戸


小山田緑地(小山田の道)

小山田緑地(みはらしの広場)


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4/23古街道研究家宮田太郎氏ガイドウォークの案内チラシ
『関東武士団”小山田氏”の馬牧と奥州古道を歩く』
2017.04.23kodo_walk7A.pdf
PDFファイル 247.6 KB

【ガイドウォーク】相原・七国峠に鎌倉古道の痕跡と伝説を探る

相原に奇跡的に遺る神秘の古街道跡を現地に探ってきました。

■探索会

 町田市には幾つかの大きな古代~中世の古街道が、かつて存在していました。中でも相原地区の七国峠を通った古道は、古代以来の「海の民と山の民の交流の道(関東山 の辺の道)であり、奈良時代初めには「高麗人大移動」の道になり、また中世は鎌倉古道の一つ、江戸時代後期には山形県の月山・羽黒山・湯殿山まで続く参詣の道でもあったというロマンがあります。

相原に奇跡的に遺る神秘の古街道跡を現地に探っていきます。

 

■コース(行程:約5キロ): JR横浜線相原駅~丸山諏訪神社~長福寺~朱雀道~(昼食) ~相原七国峠~大日堂~関所跡推定地~古道跡~長福寺前から(路線バスで相原駅へ)~相原駅


【ガイドウォーク】金森から鶴間への鎌倉古道と古代街道の駅の謎を探る

成瀬駅をスタートし、古代「店屋駅」推定地~観音寺(新田義貞伝説地)等を巡る町田市最南端のコースでした。生憎の雨にもかかわらず66名の方が参加されました。

 

■探索会

 原町田工リアから南の鶴間へ、鎌倉古道は境川の東岸に沿うように続いています。成瀬「かしの木山」から南下する鎌倉道(バイバス)が合流する金森地区から、平安時代の古代東海道と交差していた町谷原へ、また鶴間の測量台? (大塚)から新田義頁伝説の観音寺へと探って行きます。町田市最南端のコースです。鎌倉古道の推定ルートをたどれば、身近な歴史の存在に感動できます。

 

■コース(行程:約6キロ):
 JR成瀬駅~松葉谷戸公園の中世砦跡~金森高ケ坂遺跡(中世道路跡検出)~金森天神山(鎌倉古道)から古代「店屋駅」推定地~南町田グランベールモール(昼食)~鶴間の大塚~日枝神社~円成寺~観音寺(新田義貞伝説地)~観音寺パス停

 


【ガイドウォーク】鎌倉古道と原町田宿の謎を探る

お天気にも恵まれ参加者81名の多くの方々をご案内出来ました。今回からイヤホンの貸し出しをすることで、よりわかりやすいガイドが行えました。コースとしては、旭町体育館をスタートし、原町田宿の鎌倉古道を金森の杉山神社まで辿りました。

 ■探索会

 町田市の中心地に広がるやかな商店街は、明治時代に横浜へ生糸を運ぶ「絹の道」に沿って発展し、明治41年に国鉄の原町田駅が開業、昭和2年に小田急新原町田駅が開業したことにより次第に発展していきました。

 そもそも今から800年前の鎌倉時代始め頃には、この付近はまだ人家はほとんどない見晴らしの良い丘で、谷間深く怪しく光る境川の向こうには緑に覆われた相模野台地や遠く丹沢連山が望める、誠に美しき丘だったことでしよう。

 そこに府中や多摩、小野路、野津田方面から続く「鎌倉街道・上道」が、また高尾や相原方面から続く「鎌倉街道・山の道」のニつがY字型にぶつかり、少しすつ人々の情報交換の場が生まれ、戦国時代には小田原北条氏により簡易な関や市が形成され「原町田宿」が誕生したのです。正に町田の商店街の発展の歴史は。ニつの鎌倉古道によるものといえましよう。鎌倉街道の推定ルートをたどれば、身近な歴史の存在に感動できます。

 

■コース(行程:約6キロ):
旭体育館~鎌倉街道・上道~小田急線第2踏切~たち山~鎌倉街道・山の道~第1踏切~町田駅前カリヨン広場(組の道碑)~戦国時代「原町田宿」発祥の北端、"鎌倉古道のY字交差点"商店街にて昼食~浄運寺~勝楽寺と原町田宿発祥地~JR横浜線を渡る鎌倉古道推定路~町田天満宮~渋谷弁財天~金森・杉山神社~町田駅

 


【ガイドウォーク】鎌倉古道と井出の沢古戦場の謎

63名の方が参加し、古道ウォークを楽しみました。

 ■探索会

 古代~鎌倉~戦国の貴重な街道跡や当時の歴史環境が、今も町田市内の各所に造されていることが、現地に立った歴史探究や考古学的調査から次々に明らかになってきています。

 特に市内の七国山地区には、鎌倉時代の基幹的な車事・政治の道『鎌倉街道・上道(かみのみち) の痕跡や支線路、古代国道などが乗り越え、古代には駅家もあった可能性もあります。

 鎌倉のニつの切通し(巨福呂坂、化粧坂)に繋がる古道分岐点、一色伊予守伝説の台地、菅原神社北側の「殿の城」 伝説地、足利尊氏・直義兄弟軍と北条時行が戦った「井出の沢」の本当の場所、平安時代の古代東海道がそこを通過していたという仮説など、知らなかった町田の魅力を歩いて感じられる新視点ウォークです。

 

■コース(行程:約6キロ):
  津田・小川せせらぎ公園~七国山の鎌倉古道と鎌倉井戸~新発見の鎌倉古道"人馬の踏み跡"と第一分岐点~ダリヤ園(昼食)~山崎尾根の鎌倉古道本路~一色の台地と第ニ分岐点~鎌倉伝説地~本来の井出の沢の深い谷~菅原神社と古戦場碑~道路で寸断された鎌倉古道~サン町田旭体育館~体育館前バス停

 


【ガイドウォーク】鎌倉古道上道の痕跡の謎

58名の方が参加し、今に残されている痕跡に感激しました。

■探索会

 今から800年前に、我が国初めての武士政権である鎌倉幕府が、軍事・政治 ・ 物流の道として整住した古い街道が 「鎌倉古道」 です。この源頼朝や執権北条氏時代の最古で最大の道が、今も町田市内にその道路遺構が奇跡的に点々と約3キロM以上も遺っていることは、 あまり知られていませんでした。

 町田の丘陵内にある痕跡は、砦跡や関所跡、馬牧跡、武士たちの駐屯地なども含むとみられる歴史環境がそのままで造されている可能性が高く、全国でも大変貴重な中世の古街道跡です。是非この機会に実際にその痕跡をたどってみましよう。知りたかったけどよく判らなかった鎌倉街道の真実の姿や歴史の証が見えてくる探索会です。

 

■コース(行程:約4キロ):
 小野神社~鎌倉橋~鎌倉古道発掘地点~推定・中世の砦跡と牧跡~野津田上の原広場にて昼食 ~綾部原~華厳院坂堀割状痕跡~鎌倉古道標住~野津田バス車庫バス停

 


【ガイドウォーク】鎌倉古道と徳川家康の道の謎

84名の方が参加し、いにしえの道の謎を大いに楽しみました。

■探索会

 源頼朝の時代に武士たちが駆け巡った当時の 「鎌倉古道跡 (遺跡)」 は、かっては関東各地に遺っていましたが、いまや開発でほとんどが消滅。 そんな中、東京都町田市の小野路 ・ 野津田地区に、奇跡的に広範囲にかけて、およそ当時のままの歴史環境ごと残されていたことが判明してきました。

 また、後の徳川家康も関東入りに先んじて何度も通い、また亡きあとも家康公の柩を日光へ運んだ千人行列の街道も小野路に残されています。それは今、どこにどのように遺っているのか、今回は北側の多摩ニュータウンの永山から町田市域の山林へと入っていきます。知りたかったけどよくわからなかった真実の歴史の証が見える探索会です。

 

■コース(行程:約10キロ):
永山駅~貝取の大板碑~貝取の鎌倉古道~町田市との境目の多摩よこやま道~妙桜寺前の鎌倉古道入口~一本杉公園(昼食)~徳川家康日光への道(御尊櫃御成道・大山街道)痕跡~日野住還(鎌倉裏街道) ~ピアノカフェ裏手の家康の道・ 新選組・土方歳三の道~土柵~鎌倉古道の側道~小野路三ツ又~関屋砦~小野路宿里山交流館~小野神社バス停